きわめて人は愚かだと思うのは、職場にて仕事ができていない人間が、できていない人間の批判をしている際だ。そしてあたかも自分は何の欠点もないように振る舞う。こういう場面を目撃したとき、とても不思議な気持ちになる。
人はおそらく、それはどうしても、自分は相手より上だと考えてしまう生き物なのだろうとおもう。(度合いにもよるだろうが、私の経験する職場は、自分さえ良ければいいと考えているのではないかと感じる人の割合が、友人などの話を聞いているそれよりも多い。職種が不安定ということも関係しているのかもしれないが)
人は愚かだと言っても、自分も人間なので、その例に当てはまっている。きっと冷静にできていると思っていても、まったくできていないのだろう。そして、人は社会的な動物なので、どうしても一人では生きていけない。人間が不合理だからといって付き合わないと、結局自分が痛手を食らうのである。
コンピューターは、自分の理解は遅くとも、着実に進んでいっている感じがする。足し算だろうがかけ算だろうが、進む意思さえあれば着実にどこかに動いていく。人間というのはそうではない気がしている。あっちにいったりこっちにいったり、本当に理解に苦しむことが多い。
そうした中で、人と上手く付き合う方法は、人間関係に関しては相当なバッファを持たせる方が良いのではないかということだ。極端な言い方をすれば、まずは上手くいかないと心づもりしておく。期待しないということだ。
それだけだと、とてつもなく毎日がしんどいんじゃないかと思うので、逃げ道というか心のよりどころを用意しておく。それはそんなに大層なものじゃなくても良いと思う。たとえば僕にとってウェブは仕事道具であり趣味でもあるからそれをやっても良いし、行動経済学のように理解を深めたい学問をしても良いと思う。
ニュースサイトや人から配信されているものはたいてい意味がない。落ち着いてそのものが必要か考えれば、大体のものはいらないと感じるだろう。そこにかけている時間を、上に書いたものにスライドさせるだけで、少しは時間が作れるとおもう。(もちろん意図的に見るのであれば、ニュースサイトなんかも意味がある)
どこまで合理的に考えても、人間は限定合理的だし、行動経済学などを勉強していると、人の認識の曖昧さに驚かされる。だから、多分つめ込んでも意味はない。自分が意味があると思っているものに意味はなく、意味がないと思っているものに意味があったりすることもあるだろう。余計なことは考えずに、日々精一杯やるだけなのではないかと改めて思った今日この頃。