「教育の仕事」を語る人は何だか胡散臭い


 

教育の仕事と言っても、様々だ。

高校教師、保育士、予備校教師、塾講師・・・。

自分が関わった数人の話だが、どうも胡散臭いなと思ったことがある。

 

中学校教員の話:

大学の同級生で、中学校教員をしている人がいる。彼は大学時代から口が立ち、おしゃべりな性格だった。友人の結婚式で偶然出会った際も、それは健在だった。

話し方の特徴として、持論を次から次へと展開させる。何を言うにしても、「〜だ」「これは〜」と決めて話をする。

それは確かに、中学生を説得するには一番良いのかもしれないが、大人との話で考えれば、もう少し検討する必要があるように思う。

 

会社の後輩の話:

後輩と言っても年上なのだが、会社にいた人の話。一言で言えば、とにかく我が強かった。国の支援制度を使い、アフリカにいたこともあったようだ。

インターネットのことで、海外支援に行ったようなのだが、どう考えてもインターネットの知識が乏しい。ただ、教育はこうだという持論はあった。

コーチングとか、教育という言葉はよく聞こえてきたが、それに見合った能力は、僕が見ている限りあまり感じられなかった。

 

あるサロンオーナーの話:

よくある、誰でも利用できて、時間単位でスペース料を支払うタイプのサロンを運営している女性の話。

そのサロンのコンセプトを「教育」として位置付けているようで、世代を超えて教育を考えようというメッセージを発信している。

しかし、時間は守らない。自分の決めた企画の発表に自分が参加しないなど、散々なところを目にしている。

 

このパターンだけで全てを語れないことは重々承知している。それでも、自分の出会った教育を語る人は、こんな人ばかりだった。

結論は、こういうタイプの人たちは、教育を真剣に考えたいんじゃなくて、自分の考えを誰かに聞いてもらいたい。そして従ってもらいたいだけなんじゃないかとおもう。

教育の本質は、おそらくそんなところにはないし、それはぼくにもわからない。でも、教えることとはなんなのか、自分も真剣に考えてみたい。