先日、メタップスの社長ブログを読んでいると、
『現実を直視しながら理想を持ち続ける』という事がいかに難しいかを改めて感じました。現実を見なければ理想を掲げるのは簡単です。社会の不満を罵り「悪者」を見つけては一方的に非難し、辛い現実を見て見ぬふりして夢だけを語っているだけで良いんです。
http://katsuaki.co/?p=744 メタップス社長のブログ
このような記事がありました。これは本当に痛感することが多くて、共感して読みました。理想しかない理想主義者や、理想のない現実主義者ではなく、理想のある現実主義者になる。これはとても難しいことです。
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夢や希望というと、なんだか幼い印象があるかもしれませんが、とはいえ目標がなければ前へ進むことは出来ません。私自身、目標設定は非常に大切だと考え、「人生単位」「中期単位」「一年単位」の目標を考え、常に修正するようにしています。
そうして生きていると、当然壁にぶつかります。それは人間的なものなのか、そもそも社会的なものなのか、理由は様々だと思います。自分が綿密な計画を立てたからといって、他の人にはそんなことはどうだって良いという訳です。そりゃそうだと思います。
ここで大切だと考えているのは、頑なにやらないということです。極端な話をしてしまえば、すべてのことに意味などないのではないかと感じているからです。個々人がこれは正しいという想いをもとに生きているということです。それは仮説に過ぎません。
だからといって、何も考えない方が良いのかと言えばそんなことはないとも考えます。現実の厳しさや無常を感じ、やることをやめてしまっては、結果何も変わらないでしょう。選挙に行っても意味がないと思って行かなければ、自分にとって不利な事ばかりが進められてしまいます。
最初の話に戻りますが、理想のある現実主義者になるということは、とても厳しい選択です。現実を見ず、夢みたいなことを言っている方が楽ですし、現実を諦めてしまった方が余計なことを考えなくてもすむでしょう。
でも、それでは長期的には何も達成できないのではないと思います。自分の目標を設定し、現実の壁にぶつかりながらそれを調整していく。現実主義者のように見えて、こだわりのあることにとことん挑戦していく。そして、それは仮説であることも忘れない。そんな生き方をしてみたいと思います。