真剣に考えるのだけれど、それは深刻ではいけない。
極端な話、識者の方もこの世界が狂っていることをはっきりと公言している。
この世界は狂っているということをまず認める、そこから始めるのが最善です。
「それでもなお、人を愛しなさい」―ケント・M・キース
それは何も特別なことじゃなくて、何か世の中のために良いことをしようと思って行動しても、人間は限定合理的なので、完璧なものは作り上げられないということだ。
例えば、平和な社会を実現しようとしても、思想が違えば提案される答えは違うだろうし、究極に平和を求めると、自分たちが食べるものさえなくなってしまう。
だから、どこか深刻になりきらない軽さがあっても良いのではないかと思う。
それは仕事を適当にするという意味ではない。何事も「う〜ん」と思い込んでしまうのではなく、「それじゃあ、こんなんはどうですか社長」というような柔軟さとも言える。
こういう感覚は大切にしたいと考えている。
会社経営において「クレド」というものを大切にしている企業がある。
これは早い話、従業員全員が同じ方向へ進むための指針というようなものだ。これは、価値観が多様化している現代において、大切なことだと私も感じている。
良く言われている自己啓発。とてもきな臭そうなイメージや実際のそういった話もあるが、自分に指針を与えるという意味では悪くないのではないかと思う。
クレド的に言えば、自分の最終目標はこれ、中期目標はこれ、それを実行するための自分の指針はこれ、というように定義していけばよい。そうするだけで、ただ漠然と生きるより見える世界はぐんと広がるのではないか。
わたしも2015年の目標は、仕事以外も含めたクレド式にしてみようかと思っている。
そこで大切だと思っているのが、最初に書いた柔軟性を持つこと。自分の性格は、目標を立てるとついついそれに凝り固まってしまう。目標に向かってしっかりがんばるけれど、盲目にはならないよという意思もあれば、かなり良いバランスなのではないかと思っている。
最後に、最近見てとても勇気づけられたスティーブン・ホーキングの言葉を。
一つ目は、足元を見るのではなく星を見上げること。
二つ目は、絶対に仕事をあきらめないこと。
仕事は目的と意義を与えてくれる。それが無くなると人生は空っぽだ。
三つ目は、もし幸運にも愛を見つけることができたら、
それはまれなことであることを忘れず、捨ててはいけない。
人生は、できることに集中することであり、
できないことを悔やむことではない。
期待値が「ゼロ」まで下がれば、
自分に今あるものすべてに間違いなく感謝の念が湧く。
人は、人生が公平ではないことを悟れるくらいに成長しなくてはならない。
そしてただ、自分の置かれた状況のなかで最善をつくすべきだ。
私が人生で学んだことは、自分が今持っている力を全部使えということです。